これが記されたのは、今から2000年ぐらい前らしいのです。
実際に、そんなに前なのかはわからないのですが、とにかく相当昔です(^^)
そして、葬書より以前に 葬書に引用された書物も残っていたりして、どちらが最初かは諸説がある所です。
いずれにしても、その風水という言葉の由来は、この文章といわれています。
「気乗風則散界水則止」
つまり、気は風によってちってしまい、水を界すると とどまるという事です。
ここに、地形を重視する巒頭(らんとう)風水の、重要な秘密が書かれています。
秘密というと、ちょっと大げさなのですが、とても大事なことです。
気は風で散ってしまうということと、水にとどまるということ。
いままで、何度も水が気であるということをお話ししていきましたが、まさしくそのことをいっているわけです。
人体の70%ほどをしめる水こそが、生命の源であり、エネルギーであり、気であることは、疑う余地はありません。
そして、水は傾斜がない限り動きません。
つまり気は平地では、動きがないといえます。
では平地で気を動かすものがないかというと、そうではありません。
実は、風がふくことで波が立ち水を循環させます。
大きな大海も、台風などが起こるために、通常の温度差での循環が届かない、深海まで水の循環が起こるのだと言われています。
ですから、風が気を散じさせるということは、科学的に考えても正しい事だといえます。
葬書には、実は亡くなった人を葬る技術が書かれているわけですが、亡くなった人は活発な気(エネルギー)を必要としないため、気を動かさないように、風をシャットアウトするのが良いわけです。
ですからお墓(陰宅)の風水では、地形的に風がほとんど入らない、四神相応で守られた地形を好みます。
しかし、生きている人が住む住居(陽宅)では、活発に動く気(エネルギー)が必要です。
そのため、住居(陽宅)での四神相応を考える場合、周り全部を自宅より大きな建物で囲うということはしません。
それぞれを、ある程度の大きさの構造物:砂=さ(ビルや家など)で守るべきですが、まったく空気の流通がないと、健康を害してしまいます。
ですから、家の両側となる青龍砂(せいりゅうさ)、白虎砂(びゃっこさ)については、適度な大きさ(自宅と同程度の高さ)で良く、なければ植栽などで代用することもできるわけです。
植栽であれば、空気は十分流通しますからね。
ただし、家の後ろになる玄武は大きくしっかりしていなければいけません。
人の体も、背後、特に首の後ろに風が当たると、すぐに風邪をひきます。
同じように、玄武が何もなかったり、すかすかだったりすると、住人の健康を害したり、人間関係を害したりしてしまいます。
そして、正面はなるべく広く。
明堂(めいどう)として、気を集める場所ですから、広くとれればとれるほど、財運が良くなります。
広い場所は、気が集まり水と同じだからです。
また、明堂の先にはほどよい高さの案山としての建造物などがあるのが理想です。
このように考えると、住居(陽宅)のための四神相応もわかりやすいのではないでしょうか?
ご自宅の周りの環境、照らし合わせて考えてみて下さいね。
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伝統風水師秀山